2011年11月16日
国頭村宜名真の「もどる道」の整備に取り組んだ人物は?
かつて国頭村宜名真には交通の難所「もどる道」がありましたが、この道路の整備に取り組んだ人物は?
A:当山正堅
B:仲原善忠
C:宮城鉄夫
D:船越義珍

【答えと解説】
国頭村宜名真から辺戸上原に向かう道は、昔から難所として知られ「もどる道」と呼ばれていました。断崖絶壁の中腹を狭い道が通っていて、道幅が狭く両方から人が来ると、どちらかが引き返すしかなかったそうです。
100メートルほどの坂道だったそうですが、中間地点に置かれた旗に先にたどり付いた者が優先して通れるという取り決めがあり、先に旗までたどりつけなかった者は、今来た道を引き返らざるを得なかったのです。
このため辺戸小学校の校長だった当山正堅さんの呼びかけにより、地元住民が総出で巨大な岩を開削し、新たに道を開いたことで人や車が楽に往来できるようになりました。今は1983年に開通した宜名真トンネルにより、その道は役割を失っています。
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国頭村宜名真から辺戸上原に向かう道は、昔から難所として知られ「もどる道」と呼ばれていました。断崖絶壁の中腹を狭い道が通っていて、道幅が狭く両方から人が来ると、どちらかが引き返すしかなかったそうです。
100メートルほどの坂道だったそうですが、中間地点に置かれた旗に先にたどり付いた者が優先して通れるという取り決めがあり、先に旗までたどりつけなかった者は、今来た道を引き返らざるを得なかったのです。
このため辺戸小学校の校長だった当山正堅さんの呼びかけにより、地元住民が総出で巨大な岩を開削し、新たに道を開いたことで人や車が楽に往来できるようになりました。今は1983年に開通した宜名真トンネルにより、その道は役割を失っています。

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Posted by おもろ at 11:18│Comments(0)
│時事問題